浦安市の地図と埋め立ての歴史

浦安市は、「元町」から海に向かって二回の埋め立て事業を行うことで発展してきました。第一期の埋め立てによって「中町」が生まれました。さらに、第二期の埋め立てによって「新町」が生まれました。その結果、面積が4倍になりました。下の地図の左側のズームを動かすと、浦安市の街並みや日本での位置を見ることができます。

浦安市のホームページには「浦安市は元町地域、中町地域、新町地域、アーバンリゾートゾーン、工業ゾーンという5つの特徴あるゾーンで構成されています。」と紹介されています。(普通は、元町、中町、新町と呼んでいます)こちらのページに詳しい区分けが紹介されています。

浦安市のサイトにすごいページが用意されていました。埋め立て前からこれまでの浦安市の航空写真が掲載されています。こちらのページです。浦安市民でも驚く画像です。

さて、フォーラムのパパ達の写真はここからです。右手に見えるのは境川東水門です。東野保育園父母会のパパの写真です。

第一期埋め立て事業の前、この水門から先は海でした。ここから中町、新町の始まりです。市庁舎、文化会館が見えます。

東野地区の「段差道路」です。元町と中町の境目です。

元々の陸と海を分ける護岸が元となって段差を生じた道路が、第一期埋め立ての歴史を物語っています。段差になった由来がそのまま浦安の埋め立ての歴史です。

こちらも段差道路です。右側の木の向こうが高くなっています。

次に、中町と新町の境目を見てみましょう。入船地区にある「堤防跡」です。

入船保育園父母会のパパが撮影してくれました。向かって左側が入船地区です。右側にとても長い堤防の跡が残っています。

昔はこの堤防の向こう側が海でしたが、第二期埋め立て事業によって新町エリアが作られました。

新町の日の出地区の方から、中町の入船地区の堤防跡を見るとこんな感じです。木の根元に堤防跡があります。カメラを構えている場所は海だったのでしょうね。

それでは、新町と海の境目を見てみましょう。高洲保育園父母会のパパの作品です。新町エリアの総合公園の堤防はこんな感じです。第一期埋め立ての時の入船地区の堤防の姿が想像できますよね。

海の向こう側には習志野市や千葉市が見えています。

上下の写真は、新町の高洲地区から海に向かって撮ったものです。この辺りは、釣りスポットにもなっています。浦安市内には釣り場がたくさんあります。

寒い季節は、ルアーでシーバスを狙っているパパもいます。暖かい季節は、家族連れで餌釣りにくる人たちもたくさんいます。

高洲地区から総合公園方向を撮影してみました。ここで境川が海につながります。

新町エリアの開発は2013年現在も続いています。海側の日の出橋から高洲地区に向かって撮影しました。広い空き地が見えます。

こちらは日の出父母会のパパがサイクリングの途中で撮影してくれました。

日の出地区の海側にある開発途中の区域です。草っぱらの向こうに見えるのは日の出7丁目の戸建街です。「浦安保育メモ」の「入船保育園の園長インタビュー」にあった昔の浦安の光景は、こんな感じだったのかなと想像してしまいます。